第三回・祈ること


あなたはうれしい時や困った時はどうしますか?

ぼくは人と話をします。

友達と人間関係がうまくいかずにひとりで行き詰ったりすると、きまって誰かに相談を持ちかけます。

そして互いに悩んだり、アドバイスをもらったりして何とか人と関係を保っていることが多いです。

それでも答えを見い出せなかったり、友達が周りにいなかったり、

彼らにも打ち明けられない悩みだって人間持っているはず。ぼくにだってそんな時しょっちゅうですし、

あなたもそんな経験ありません?

クリスチャンがクリスチャンである大きな理由の一つとして、ぼくらには良いアドバイザーがいるんです。

彼はいつもぼくらのことを気にかけていて、見守っていてくれます。

彼自身の意見を強要することもなければ、

まるで、フラフラと立つことを覚えたばかりの自分の我が子をじっと見つめる父親みたいな存在。

もちろん倒れそうな時は、サッと大きな手で支えてくれます。

彼の意見は誰もが首をたてに振ってしまうようなくらい説得力があって、

何より誰にとっても明らかな正しさを持っています。

そんなアドバイザーをクリスチャンは味方につけています。

イエスは彼をこう呼びました、

『アバ父よ、、、。』

アバとは当時パレスチナ地方で話されたアラム語で幼児が一番初めに口にする言葉

パパ、とーちゃん、にあたる言葉だそうです。

『ねぇ、おとうさん、、、』イエスはこのように親しく彼に話しかけました。

ぼくも彼にこう尋ねます、

『友達がぼくの悪口を言ったり、からかったりするんだ。どうすればいい?』

彼はこう言います、

『君の友達を赦しなさい。』

ぼくはすかさず、

『できないよ、だってばかにされてくやしいもん。』と言うでしょう。

しかし彼はこう続けます、

『君の友達を赦しなさい、私が君がしてきた悪いことを全て赦したように、君も友達を赦しなさい。』

納得してしまったぼくは、しぶりながら言います、

『でも勇気が出ないんだ。』

彼は笑顔でこう言います、

『大丈夫、君のこころの中に私がいる、行って友達を赦しなさい、さぁ、、ほら、、、』

そう言って彼はぼくの背中をそっと押すのです。

誰がこんなこと言えるのでしょう?

神以外にこんなことを言う者がいるとしたら、その人はクスリでトリップしてどこか違う世界にいる人か、

アドルフ・ヒトラーのようなとんでもない考えを持った人物です。

しかし彼は、まぎれもなく神なのです。

クリスチャンはこうやって神と会話するのです。

そして赦されているという実感をもって生活をしていくことができます。

クリスチャンにとって、祈りとは神様との会話であり、それは生活の一部なのです。

神様と会話できる生活、想像してみてください。

そこには揺るぎない安心感と完全なる公正があなたを取り巻きます。

そういった意味で、クリスチャンはスペシャル待遇なのです。

どんなゴールド・カードやプラチナ・カードでも受けられないようなVIPな待遇を私たちは受けています。

もちろん年会費は無料です。もし信じる準備ができたら、前のページの信仰告白をクリックして、

心で信じ、口に出して告白するだけです。あなたも特別待遇もれなく受け取れますよ。

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